市役所内の会場で市の職員が大勢を前に説明する。

「はい、今日はお集まり頂きありがとうございます。これから生前退世(せいぜんたいよ)に関する説明を行います。質問は後でまとめて受け付けるので、気になったことがあったらメモしておいてください。

今日は鳥取市に引っ越される方に来て頂いていると思います。」

特区となった鳥取のシステムについて説明が始まった。マスコミでは「若者特区」「子供特区」などと呼ばれているが、ネットでは「切腹特区」と呼ばれている。

超実験的特区として鳥取県が立候補したのだ。過疎化が急激に進む日本一人口が少ない鳥取県。県知事の民衆を煽るような演説により県民の賛同を得て、この特区化を推し進めた。

「まずは『生前退世』という言葉ですが、これは簡単に言うと合法の安楽死です。」職員は説明を続ける。「ご存知の通り、最近は医療も進み、寝たきりになってからも十年、二十年と生きることができるようになりました。ですが、その介護をするお子さんやお孫さんの負担が大きく、市や県の財政も圧迫され、若者が子供を産みづらいという悪循環が発生してます。」会場に集まった人は真剣な顔で職員の説明を聞く。その中に黒いパーカーを着た男がいた。

「そこで、生前退世に賛同頂ける方に、ぜひ将来の鳥取、将来の日本のための礎になって頂きたいのであります。こちらをご覧ください」

職員はスマホを手に持ち、動画を再生し始めた。大きなモニターに60歳くらいの夫婦が映る。

「お義父さんに生前退世を決めてもらって、良かったと思います。鳥取に引っ越して来るのも少し不安だったけど、近所の方も親切にしてくれてますし、」と画面の中の妻の方が話し始めた。

「お義父さんは寝たきりになっても施設に入るのを嫌がってまして、私達も老後のほとんどをお義父さんの介護をして過ごすことになるのかって思ってましたけど。でもねえ、おかげ様でたまには旅行に行ったりもできますし、近所の子供の世話をしたりして楽しく過ごしてます。世話をしてる子供だから、少しうるさくたって可愛く感じるものよね。」画面の中の夫はというと、ほとんどうなずいているだけだった。

黒いパーカーの男は内心「都合のいいことばかり言ってる感じがするけど、、、」と思いながらも「両親が早くに他界してなかったら、自分が寝たきりになる直前まで親の介護をする人生だったかもな」と、老後の楽しみを思い浮かべた。


切腹特区 6話
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