切腹特区

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次の日の午後、市役所からヒカリ宛にメールが届いた。午前中に役所に問い合わせていたメールの返信だった。個人情報保護がどうのこうのと言って、家族であっても「生前退世に関するお知らせ」については答えられないという、なんともお役所らしい回答だった。

「すみませんが、ご家族の方であってもお答えできないんですよ」職員は丁寧な言葉遣いで直接市役所に乗り込んで来たヒカリに言った。

「だから、絶対におかしいって!最終同意とかなくても切腹させてやれよ!申込んでんだから!」何を言っても同じ返答を繰り返す職員に苛立ち、ヒカリは感情的になっていた。

それでも職員は丁寧に言葉を返す。「同意のない方の生前退世は国から認められておりませんもので。もし、まだメールが届いていないのであれば、まだ生きて何かを成されると判断された結果でもありますので、それは喜ばしいことではないでしょうか」

「お前、適当に扱うな!ちゃんとこの手紙を市長に渡せよ!」

隣の障害者支援課から怒声が聞こえたため、市の職員もヒカリも驚きそちらに視線をやった。声は大きいが高齢者特有の鈍い滑舌だった。障害者支援課の職員も困った顔で対応している。

「あれ、芸術家の菅井いっせいじゃない?」

「今って反対デモとかやってるんでしょ、あの人。売れなくなってから」

「え、そうなんだ。もういい年だしね。そろそろ安楽死しないのかな?」

遠くで市民がひそひそと話をする。

担当職員は「ですから、この前の件はあちらの高齢者支援課が担当ですから。あっちに行ってください。」

「いや、あそこの人は知らないし誰も俺の言うことを聞いてくれないから、あなたが聞きなさい。障害者の言うことは聞けないっていうのか!適当な対応するんだったら弁護士にも相談するからな!いいのか?!」

菅井いっせいは大きな声で職員を威嚇するように言い、それから5分間程、経緯の詳細を喋り続けるのであった。その話を聞いている職員の顔は鬱々としている。

菅井いっせいが職員に同じ説明を何度も繰り返している最中、怒りが収まってしまったヒカリは「、、、、もうええわ!」と言って市役所を去った。生前退世担当の職員は申し訳なさそうな顔をしながらも、ヒカリが去った後に安堵の表情を浮かべた。



切腹特区 8話
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