ヒカリは重い口を開けた「今はおやじの介護をしとるわ。ん〜、なかなか切腹してくれんで困っとるだけえ。ってか、この前メールを調べただけえ。おやじが申込んだのは確実なんだけど、切腹メールがまだ届いとらんかもしれん」
その口調から2人は介護するヒカリのつらさを感じ取ったようで、顔が少し険しくなった。
「おやじさんは今、1人で大丈夫なんか?」
「ああ、今日は昼間に起きとったけえ、よう寝とるはずだ。もうかなり痴呆が進んどって、今日おやじに何かあっても切腹の代わりだと思って諦めもつくわ」
ヒカリは親友の2人に苦笑いを見せた。
松田は「かなり痴呆が進んどるんだったら、最終同意のメール届かんのは市役所のミスかも知れんし、何だったら俺が書類作るで?ちゃんとした資料揃えたら、条例上、役所も対応せないけんことになっとるだけえ」と止まっていた手を動かし、ホッケに大根おろしを乗せて醤油をかけた。
「資料って作るの大変なん?」
「まあ、痴呆ってわかる動画を撮るんだけど、1ヶ月のうちにこれだけ痴呆のひどい症状がありましたっていうやつ。最低2、3ヶ月はカメラを回して。で、特に症状が悪化した30日を決めて。何日から何日って。で、それを文字にして、、、」スーツの松田弁護士は説明する。
ヒカリは「ああ、無理無理、無理無理。そんなことしとる暇があったらこんなに苦労せんわ」
「まあ、普通そうなるわな」松田はそう言うと、店員にビールのお代わりを頼んだ。
松田が「そうだヒカリ、今ってめっちゃ介護放棄について厳しくなっとるけえ気をつけんといけんで。鳥取におるとあんま無い事例だけえ、感じんかもしれんけど。他の県だと結構警察に捕まっとるだけえ」と言うと、山下は心配した表情で
「ま、まじか?!ヒカリ大丈夫?おやじさん、今頃倒れて死んどったら、お前刑務所行きなん?」
酔っているせいか山下のリアクションは大袈裟だ。
「おやじさんの状況にもよるけど、客観的に見て長時間放置したらやばいって判断されると"不必要"な飲み会はアウトかなあ。まあ、悪質じゃなければだいたい執行猶予付になってるけど。」と松田弁護士がヒカリに忠告する。
続けて「ヒカリ、訪問介護とか介護の外注は頼んでないんか?」松田が聞いた。
「いやあ、それが一応やってるところあるみたいだけど。切腹特区になって需要が無さすぎるせいか、めっちゃ高いだけえ。大人用おむつとかも鳥取だけやたら高いし。うちの収入じゃ払えんわ。老人には子供おる家みたいな給付金は全く出んし。」
「おやじさんの年金とか結構もらえるんじゃないだか?世代的に」
「いや〜、うちのおやじは平のサラリーマンで、しかも早めに退職したけえなあ」
そしてヒカリは目を細めて「いっそ死んでくれたら互いに楽になれるけどな」と呟いた。
松田は真剣な顔をして「今のは聞かなかったことにするからな。山下もこの事は絶対に誰にも言うなよ?万が一亡くなってた時の証言としては、ヒカリを刑務所に送ることになるからな」
強く山下に言った。真剣な顔で山下は頷く。
「さっ、今日はこのくらいにしとこうか。ヒカリがムショに行くと悪いしな」
切腹特区 13話
切腹特区 13話
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